THE IDOLM@STER
THE IDOLM@STER #17 『真、まことの王子様』 感想

あなたの笑顔が私の笑顔。あなたの喜びは私の幸せ。
自分だけではなく、分かち合うための僕であるために。
理想と現実の間で生じる大きなズレ。
そういった一種の葛藤って多分、多くの人が感じ苦しむ一つの人生の岐路でもあると思うわけですが、
それはもちろんどんな仕事に就いていたり、どんな環境に身を置いていも訪れる大きな関門なわけで、
真に至ってもそれは決して例外ではなかった。
傍から観れば人気絶頂で誰もが羨むスター街道を歩んでいるように見えたとしても、実は本人にしてみればそれもこれも望んでいるものとは大分掛け離れたりしていて、それこそ不満も溜まっていく一方で。
故に 「こんなのは僕じゃない」 とか 「こんな風になるためにアイドルになったんじゃない」 とか、
そんな愚痴だってどんどん出てきてしまって、まぁ言ってしまえば若干遅めの反抗期ですよね。
なりたい自分に成れないことへの苛立ちと、周囲に対するちょっとした責任転嫁的な一種の我侭。

けれど、それもしょうがないことでもあるのかなとは思うんですよね。
いや、もちろんそう思わないことに越したことはないし、ちゃんと物事の道理を考えればしょうがなくもないわけなんですけど、でも真って小さい頃から厳しくしつけられ、女性的であることを許容されなかったわけで、故にその反動ってやっぱりどこかで出てきてしまうはずだとも思うんです。
それに、もしかしたらその反動こそが彼女にしてみれば 「アイドルを目指す」 っていう行動だったのかも知れないわけで、そう考えればその反発が逆に自身の首を絞め始めたとなれば、それはもう自分自身でもどうしたらいいか分からなくなってしまうような予想外の出来事でもあったはず。
まぁだからそんな風に捉えて彼女のことをもう一度見てみると、やはりちょっと可哀想というかね。
それこそ、敷かれたレールの上からやっとの思いで外れることができたと思ったら、
その次に乗ってしまったレールもまた同じく一方通行で、自分自身の選択肢も皆無なんですから。

でもね。真の立場って既にそんな同情を引ける立場にはないし、そういう甘えって許されない
状況下にその身を置いているとも思うんです。それは辛いことかも知れないけどしょうがない。
だってそうですよね。自分の理想とは違うと言えど、もう彼女は一人のアイドルとして仕事をこなし、一つの希望の象徴として多くのファンに愛され続けている。
それは確かに彼女からしてみたら本望ではない愛され方なのかも知れないわけだけれど、
だからってそれを簡単に辞めてしまっていいのかと聞かれればその答えだって当たり前に
分かりきっていることでもあって、むしろそれこそがアイドルとして仕事をこなすということの責任。
我侭を言えば思い通りになることなんてないし、むしろ自由に理想どおりにいくことの方が少ない。
それは、物心ついた時から自由のなかった彼女にしてみれば残酷な宣告になってしまうのかも
知れないわけですけど、やっぱり彼女もそういう現実とはきちんと向き合う必要があるんですよ。

そして、そもそもの前提として “アイドルという存在” が “誰のためにあるのか” ということに
関してもきっと真は大きな意味の履き違いをしていた。
それは自分のための自分という存在なのか。アイドルって自分を女性として輝かせるためだけの
舞台装置でしかないのか。応援してもらえることって “それは嬉しい” ことでしかないのか。
多分、それって全てが間違えていて、きっとアイドルって誰かの希望として輝きそこに夢を抱かせ、
誰かのための存在であることにこそ、その本質ってあるはずなんです。
それは今回、プロデューサーがその身を挺して真を守ったのと同様のことでもあって、つまりは
そういった “自己犠牲” こそが彼女たちのような仕事をする者の宿命でもあったりするんですよね。
それこそ、キツイ言い方をすれば自分がお姫様だと思ってもらえるかなんてことは二の次で、
どれだけ多くの人に真の王子様と思ってもらえるのかどうか。そこに一番大切なことって詰まってる。

むしろ、そういうことを理解できれば自然と “自分が” ではなくて “自分も” と思えるようになっていくのでしょうし、分かち合うことがアイドルとしての喜びなんだっていう一つの答えに辿り着けるはずだと思うんです。
誰かの喜びが自分の幸せになっていくし、誰かがアイドルとしての自分を見て笑顔になることで
自分もまた同じ笑顔になることが出来るんだということ。
それこそ、ジュピターのように誰にも負けないとか、正々堂々勝負とかそういったことは一番後回しに
考えるべきことなんですよね。そんなことのために彼女たちはアイドルをしているわけではないし、
自分はアイドルなんだという自覚を持ってファンの前に立つことこそが彼女たちの何よりの仕事であり、責任であり、また誇り。
故に、そのことをちゃんと理解させようと真に対し真摯に向き合い大人としての責務を全うした
プロデューサーの姿は本当にカッコ良かったですし、そんな彼にも大きな成長が垣間見れて
765プロにおける彼の立ち居地とその必要性といった部分も今回の話で鮮明に描かれていたのでは
ないかなと思います。

そして、真もそのことをきちんと理解することが出来たからこそ 「王子様として頑張ってみます」 と
胸を張って言えたのでしょうし、それこそ彼女がカッコいい大人に成長したことの証でもありますよね。
また、そういった点ではガラスの靴を脱ぎ歩く真を描いたあのEDとその選曲はまた見事にガッチリと
そのテーマ性を訴える強さがあって凄くいいなぁと思えるものに仕上がっていたようにも思えましたし、
ストーリー終盤の展開も含めた今回の話の構成は本当に素晴らしいものがありましたね。
いや、構成的な部分で言えばアイマスって毎回毎回でかなりレベルの高いものを創り上げているわけで、それこそ今になって言うことではないのかも知れないわけですけど、まぁ今回の話は個人的にも特に良かったなぁと思える話ではありました。
それこそ最近はジュピターに対しての攻勢要素が物語の節々に組み込まれたりしているので、
そういったところを読み解くのもまた面白い作品ではありますね。
色々な見方が出来るのはいい作品の証拠ですし、そういった楽しみや面白みがあるからこそ、
私はこのアイドルマスターという物語が大好きなんだと思います。本当に良い作品ですよね。
次回 「たくさんの、いっぱい」
そういった一種の葛藤って多分、多くの人が感じ苦しむ一つの人生の岐路でもあると思うわけですが、
それはもちろんどんな仕事に就いていたり、どんな環境に身を置いていも訪れる大きな関門なわけで、
真に至ってもそれは決して例外ではなかった。
傍から観れば人気絶頂で誰もが羨むスター街道を歩んでいるように見えたとしても、実は本人にしてみればそれもこれも望んでいるものとは大分掛け離れたりしていて、それこそ不満も溜まっていく一方で。
故に 「こんなのは僕じゃない」 とか 「こんな風になるためにアイドルになったんじゃない」 とか、
そんな愚痴だってどんどん出てきてしまって、まぁ言ってしまえば若干遅めの反抗期ですよね。
なりたい自分に成れないことへの苛立ちと、周囲に対するちょっとした責任転嫁的な一種の我侭。

けれど、それもしょうがないことでもあるのかなとは思うんですよね。
いや、もちろんそう思わないことに越したことはないし、ちゃんと物事の道理を考えればしょうがなくもないわけなんですけど、でも真って小さい頃から厳しくしつけられ、女性的であることを許容されなかったわけで、故にその反動ってやっぱりどこかで出てきてしまうはずだとも思うんです。
それに、もしかしたらその反動こそが彼女にしてみれば 「アイドルを目指す」 っていう行動だったのかも知れないわけで、そう考えればその反発が逆に自身の首を絞め始めたとなれば、それはもう自分自身でもどうしたらいいか分からなくなってしまうような予想外の出来事でもあったはず。
まぁだからそんな風に捉えて彼女のことをもう一度見てみると、やはりちょっと可哀想というかね。
それこそ、敷かれたレールの上からやっとの思いで外れることができたと思ったら、
その次に乗ってしまったレールもまた同じく一方通行で、自分自身の選択肢も皆無なんですから。

でもね。真の立場って既にそんな同情を引ける立場にはないし、そういう甘えって許されない
状況下にその身を置いているとも思うんです。それは辛いことかも知れないけどしょうがない。
だってそうですよね。自分の理想とは違うと言えど、もう彼女は一人のアイドルとして仕事をこなし、一つの希望の象徴として多くのファンに愛され続けている。
それは確かに彼女からしてみたら本望ではない愛され方なのかも知れないわけだけれど、
だからってそれを簡単に辞めてしまっていいのかと聞かれればその答えだって当たり前に
分かりきっていることでもあって、むしろそれこそがアイドルとして仕事をこなすということの責任。
我侭を言えば思い通りになることなんてないし、むしろ自由に理想どおりにいくことの方が少ない。
それは、物心ついた時から自由のなかった彼女にしてみれば残酷な宣告になってしまうのかも
知れないわけですけど、やっぱり彼女もそういう現実とはきちんと向き合う必要があるんですよ。

そして、そもそもの前提として “アイドルという存在” が “誰のためにあるのか” ということに
関してもきっと真は大きな意味の履き違いをしていた。
それは自分のための自分という存在なのか。アイドルって自分を女性として輝かせるためだけの
舞台装置でしかないのか。応援してもらえることって “それは嬉しい” ことでしかないのか。
多分、それって全てが間違えていて、きっとアイドルって誰かの希望として輝きそこに夢を抱かせ、
誰かのための存在であることにこそ、その本質ってあるはずなんです。
それは今回、プロデューサーがその身を挺して真を守ったのと同様のことでもあって、つまりは
そういった “自己犠牲” こそが彼女たちのような仕事をする者の宿命でもあったりするんですよね。
それこそ、キツイ言い方をすれば自分がお姫様だと思ってもらえるかなんてことは二の次で、
どれだけ多くの人に真の王子様と思ってもらえるのかどうか。そこに一番大切なことって詰まってる。

むしろ、そういうことを理解できれば自然と “自分が” ではなくて “自分も” と思えるようになっていくのでしょうし、分かち合うことがアイドルとしての喜びなんだっていう一つの答えに辿り着けるはずだと思うんです。
誰かの喜びが自分の幸せになっていくし、誰かがアイドルとしての自分を見て笑顔になることで
自分もまた同じ笑顔になることが出来るんだということ。
それこそ、ジュピターのように誰にも負けないとか、正々堂々勝負とかそういったことは一番後回しに
考えるべきことなんですよね。そんなことのために彼女たちはアイドルをしているわけではないし、
自分はアイドルなんだという自覚を持ってファンの前に立つことこそが彼女たちの何よりの仕事であり、責任であり、また誇り。
故に、そのことをちゃんと理解させようと真に対し真摯に向き合い大人としての責務を全うした
プロデューサーの姿は本当にカッコ良かったですし、そんな彼にも大きな成長が垣間見れて
765プロにおける彼の立ち居地とその必要性といった部分も今回の話で鮮明に描かれていたのでは
ないかなと思います。

そして、真もそのことをきちんと理解することが出来たからこそ 「王子様として頑張ってみます」 と
胸を張って言えたのでしょうし、それこそ彼女がカッコいい大人に成長したことの証でもありますよね。
また、そういった点ではガラスの靴を脱ぎ歩く真を描いたあのEDとその選曲はまた見事にガッチリと
そのテーマ性を訴える強さがあって凄くいいなぁと思えるものに仕上がっていたようにも思えましたし、
ストーリー終盤の展開も含めた今回の話の構成は本当に素晴らしいものがありましたね。
いや、構成的な部分で言えばアイマスって毎回毎回でかなりレベルの高いものを創り上げているわけで、それこそ今になって言うことではないのかも知れないわけですけど、まぁ今回の話は個人的にも特に良かったなぁと思える話ではありました。
それこそ最近はジュピターに対しての攻勢要素が物語の節々に組み込まれたりしているので、
そういったところを読み解くのもまた面白い作品ではありますね。
色々な見方が出来るのはいい作品の証拠ですし、そういった楽しみや面白みがあるからこそ、
私はこのアイドルマスターという物語が大好きなんだと思います。本当に良い作品ですよね。
次回 「たくさんの、いっぱい」
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